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2012年 07月 15日
旧大田黒元雄邸<歴史的建造史跡>
日本の音楽評論の草分け的存在である大田黒元雄氏の自邸跡地は現在大田黒公園として杉並区荻窪に残されています。
氏は1964年(昭和39年)、紫綬褒章を受章、1967年(昭和42年)、勲三等瑞宝章を受勲しました。1979年(昭和54年)1月23日、満86歳死去されますが、逝去にあたり、銀杯三号を受け、従四位に叙された。根っからの自由人であったようです。

 公園入り口には土塀に囲まれた門
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 門をくぐると銀杏の並木が続く。夏の暑い日にあっては、風にそよぐ葉音が心地よい。
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公園はおよそ2,700坪あった自邸跡の大半を譲り受けて作られたものと言う。枝振りの良い紅葉が公園内のあちこちに植えられており、紅葉の季節には見事な光景が見られそうです。
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 池に張り出した和風な見晴らし台
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1933年(昭和8年)に建てられた仕事場が現在「大田黒元雄記念館」として保存されている。
大田黒の父は、日本の水力発電の先駆者で、芝浦製作所(現東芝)の経営を再建し、財をなした大田黒重五郎である。生涯を通して資力に恵まれ、何度となく訪れた欧米で接した音楽の知識が評論と言う分野で花開いた。音楽に関する専門的な教育を十分に受けていない一青年が、大正時代に、飛躍ができたというのは、元雄のセンスと才幹によるものであろう。また、彼は自分が得た情報を惜しげもなく提供し、多くの音楽愛好家に親しまれた啓蒙家としての側面もあった。
そして、戦後は、NHKのラジオ番組『話の泉』のレギュラー出演者となり、ダンディな語り口で茶の間の人気を博した。私も微かにこのことを通して大田黒氏の存在を知っていました。

  庭園の池側より記念館正面を望む。
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  外壁の色がピンクがかった独特の配色になっているのが当時からのものとすればとても斬新
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  暖炉側の燭台に灯が点るといかにもピアノ演奏が聞こえてくるよう。
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  色がまた独特の光沢を持ったタイル張りのような壁
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月1回自邸で音楽の集いを開き、自らピアノを演奏し、スクリャービンやドビュッシーなど当時最先端だった近代音楽の紹介普及に尽力したのでした。

  これが大田黒の弾いたと言われる1900年製のスタンウェイ。
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  側面より見た旧大田黒邸
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父親の恩恵を受け、自ら事業に精を出すでもなく、音楽の知識を持って教鞭に立つわけでもなく、食道楽としても知られた人物と言う。1977年(昭和52年)、文化功労者に選ばれた際、「自分の道楽のためにやったことが表彰されるようになった」と語ったと言う。自由人、ダンディーを通した幸せな生涯であったように思います。




旧大田黒元雄邸
(現 大田黒元雄記念館)

住 所  :東京都杉並区荻窪3-33-12 大田黒公園内  
開園時間 :9:00-17:00
休園日  :年末年始休(記念館は水、土、日、祝のみ開館)
入園料  :無料








<記中のコメントはウィキペディァおよび園内掲示の看板およびパンフレットによる>

by konmasa1024 | 2012-07-15 17:21 | 歴史的建造史跡