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2009年 03月 12日
唱歌「春の小川」<童謡のふるさと>
陽だまりの公園で、ひとり口ずさむ童謡におもわず当時の情景が思い浮かぶ思いを・・・。今日は久しぶりの春らしい陽気に誘われて、今は都心の真っ只中に位置する「春の小川」を尋ねて小田急「代々木八幡」駅に下り立ちました。東京都渋谷区代々木。ここにはかつて「河骨川(こうほねかわ)」という川が流れていて、春になると岸辺にすみれやれんげが咲きました。代々木山谷(現在の代々木3丁目3号)に住んでいた国文学者の高野辰之は、その風景を愛し、しばしばこの辺りを散策したといいます。『春の小川』に描かれている情景は、河骨川のものだったのです。

小田急代々木八幡駅付近の線路沿いに立てられた歌碑
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この河骨川は、かつて東京オリンピックが開催際された折、代々木オリンピック競技施設の建設に際し、コンクリートとアスファルトでフタが閉まった状態の暗渠(あんきょ)となりました。今や小川のせせらぎを見ることはできなくなっているが、辺りには緑が多く気持ちの良い空間が広がっている。

電信柱の表示と都教育委員会の標識が目印
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河骨川の名前の由来、河骨と言う水生植物が生えていた川だったのでしょう。河骨は水中にある根茎が白く ゴツゴツして骨のように見えるので河骨(かわほね)と書かれるようになった。河骨の根茎は「川骨(せんこつ)」の名で漢方薬としてよく用いられ止血剤や浄血剤、強壮剤として使われるそうです。 (出典:
「季節の花 300」 http://www.hana300.com
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もう歌詞の面影はなくなっていますが、昔はこの地域はなだらかな丘陵に拡がるのどかな田園風景、所々に雑木林が残り、農家が点在していましたそうです。そんな中を「春の小川」河骨川(こうほねがわ)が流れ、わき水が流れ、渋谷川に流れ込む、わずか3kmの小川だったそうで、川の名前のとおり黄色いコウホネが咲いていたそうです。その川のあった所に立って見ました。この下をその小川が流れる様子をイメージしてはるか昔の自分のふるさとを思い出しました。
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昭和17年(1942年)2月『初等科音楽 一』
春の小川
高野辰之
一、
  春の小川は、さらさら行くよ。
  岸のすみれや、れんげの花に、
  すがたやさしく、色うつくしく
  咲いているねと、ささやきながら。
二、
  春の小川は、さらさら行くよ。
  えびやめだかや、小ぶなのむれに、
  今日も一日ひなたでおよぎ、
  遊べ遊べと、ささやきながら。
この曲は1912(大正元)年、『尋常小学唱歌(四)』に発表されるが、1942年『初等科音楽(一)』では、「さらさら流る」が「さらさらいくよ」に、「ささやくごとく」が「ささやきながら」に変更され、3番の歌詞が削除された。





小学唱歌「春の小川」
高野辰之作詞、岡野貞一作曲で大正元年(1912)に発表されました。

by konmasa1024 | 2009-03-12 10:36 | 童謡のふるさと
2009年 03月 04日
岡山禁酒会館<歴史的建造史跡>
岡山禁酒会館は大正12年、名前の通り「禁酒運動」の拠点として建てられたそうです。それにしても、初めて聞いた時、禁酒運動?その拠点が何故岡山に・・・?と思ってしまった。
たまたま今回、岡山を訪れるチャンスがあり、是非にと、短時間でしたがお邪魔してみたのです。場所は岡山市の中心地丸の内、すぐ後ろには岡山城西の丸の石垣があり、西手櫓とはほんの数メートルしか離れていない。

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この会館のいわれと設立趣旨は(財)岡山禁酒会館理事長 玉井義郎氏の次の言葉に集約されると思います。
『世の中、景気が悪くなったり、社会不安が募ってくるとその悩みを飲酒に逃れる人が増えて参ります。今をさること八十年前、大正十年頃もそんな社会情勢でした。 このことを愁いた禁酒運動家の成瀬才吉と河本正二氏が,当時の資産家であった綱島長次氏を設立委員長にし 禁酒運動の拠点「岡山禁酒会館」の建設に乗り出しました。
多くの人々の協力を得て、大正十二年その建物は岡山市の 中心部に完成し、以来八十年間禁酒運動のシンボル的存在 として、戦時の岡山空襲も免れ頑張って参りました。
平成十四年九月、その大正ロマンの香り高き建物は国の 登録文化財に指定されました。
私たちはこの会館そのものの存在を禁酒運動のシンボルとして 酒害問題に少しでも役立てたいのです。』

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国登録有形文化財(建造物)〔平成14年6月25日指定〕
大正12年(1923)竣工した木造三階建、寄棟造、スレート葺(一部鉄板葺)で、昭和20年の空襲を免れた数少ない建物。屋根は3階部分で腰折風に処理される。ドイツ壁風と白タイル張りの組合せは、垂直性を強調した建物正面の意匠と調和し、市街地の歴史的景観の象徴となっている。窓枠や内装の一部は改修されているが、外観・構造等は建築時の状況をよく残している。



一階半分は現在キリスト教書籍の販売店になっており、あとの半分は禁酒会館食堂として昔を思い出させてくれます。レトロな表札、郵便箱が当時を偲ぶ小道具でしょうか。
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見学しての感想として、一言で言えば「もったいない。」と言ったところ。市街中心地でもあり当然左右はビルに挟まれており、近代的な装いの中に、この会館だけが歴史を感じさせる。それは良い事ではあるのですが、今のままでは保存状況が宜しくない。かえってみすぼらしく見えてしまう。
莫大な経費の掛かることながら、市民の理解を得て、歴史的価値を再認識していただければと希望するものです。


建物の奥には中庭があり、ちしゃの木の下にはステージが設えられ、時にはライブも行なわれているとか、そこには岡山城西の丸の石垣があり、西手櫓とはほんの数メートルしか離れていない。
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この写真は、愛用のデジカメを忘れてきたため、やむなく「写るんです」を使用、残念ながら光量不足でした。


岡山禁酒会館
住 所: 岡山市丸の内
交 通: 路面電車「城下」電停から徒歩3分

<記事中の一部の写真と文章は公式HPおよび「ウーマンエキサイト おでかけ 旅とお散歩」より>

by konmasa1024 | 2009-03-04 10:08 | 歴史的建造史跡