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カテゴリ:童謡のふるさと( 4 )

2013年 05月 20日
めだかの学校<童謡のふるさと>
全国で愛唱されている『めだかの学校』は、ずっと昔の歌と思っておられる方も多いようですが、意外と戦後生まれの新しい童謡なのです。昭和26年4月に、NHKで放送されたそうなのです。
作詞:茶木滋、作曲:中田喜直
昭和25年10月頃、NHKから(放送のための)作詞の依頼が茶木滋にあったことに始まります。
 茶木滋は昭和21年頃のある日、子どもづれで、小田原市郊外(オギクボという村)へお芋を買出しに行った時のことを思い出し、その田園風景をモチーフに考えたそうです。

小田原市荻窪にある「めだかの学校」水車小屋の傍に立つ記念碑
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水車小屋
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横を流れる荻窪用水
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モチーフとなった当時の様子はこうだったと言います。
昭和21年春のこと、3歳になる義夫君が父親と連れだって、神奈川県小田原市の郊外を歩いていたある日、買い出しのために息子と山(箱根)を降りて荻窪用水周辺を通りかかると、息子がメダカを見つけた。息子が大声を上げるとメダカが姿を隠してしまったので、茶木が「あんまり大声を出すんで逃げてしまったんだよ」と言うと、息子は「大丈夫、またくるよ。だってここはメダカの学校だもん」と返答した。
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現在歌碑のある「めだかの学校」水車小屋周辺は公園になっており、水車小屋から流れる水は小川となり、まさにメダカが住んでいるような風情を感じ取れます。

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「めだかの学校は 川のなか    
そっとのぞきにいってみな    
みんなで おゆうぎ しているよ」

茶木滋によると、最初の1番の歌詞は「そっとのぞきにいってみな」だったようですが、これでは品が悪く、粗雑だと思い、推敲のすえ「そっとのぞいてみてごらん」と改めたそうです。なるほど、そうですよね。これなら臨場感も生まれ、みんなに歌われるにふさわしいものになっていますね。


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童謡に限らず、歌詞のモチーフは作詞者の頭の中でイメージが膨らまされ、描かれるので、ドンピシャリの光景を再現、保存するのはなかなか難しいようです。その中では、この荻窪の「めだかの学校」水車小屋は訪れる人たちにも容易に当時の風景が感じ取れる場所といって良いでしょう。

    


「めだかの学校」
所在地:神奈川県小田原市荻窪453−2番地
交 通:小田原駅西口より バス 市役所行き・税務署前下車 徒歩1分
    小田原駅西口より 徒歩15分
*もちろん入場料は無料、管理人は常駐しておりません。









<記中コメントはウィキペディア、小田原市広報、現地看板など>

by konmasa1024 | 2013-05-20 06:57 | 童謡のふるさと
2009年 03月 12日
唱歌「春の小川」<童謡のふるさと>
陽だまりの公園で、ひとり口ずさむ童謡におもわず当時の情景が思い浮かぶ思いを・・・。今日は久しぶりの春らしい陽気に誘われて、今は都心の真っ只中に位置する「春の小川」を尋ねて小田急「代々木八幡」駅に下り立ちました。東京都渋谷区代々木。ここにはかつて「河骨川(こうほねかわ)」という川が流れていて、春になると岸辺にすみれやれんげが咲きました。代々木山谷(現在の代々木3丁目3号)に住んでいた国文学者の高野辰之は、その風景を愛し、しばしばこの辺りを散策したといいます。『春の小川』に描かれている情景は、河骨川のものだったのです。

小田急代々木八幡駅付近の線路沿いに立てられた歌碑
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この河骨川は、かつて東京オリンピックが開催際された折、代々木オリンピック競技施設の建設に際し、コンクリートとアスファルトでフタが閉まった状態の暗渠(あんきょ)となりました。今や小川のせせらぎを見ることはできなくなっているが、辺りには緑が多く気持ちの良い空間が広がっている。

電信柱の表示と都教育委員会の標識が目印
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河骨川の名前の由来、河骨と言う水生植物が生えていた川だったのでしょう。河骨は水中にある根茎が白く ゴツゴツして骨のように見えるので河骨(かわほね)と書かれるようになった。河骨の根茎は「川骨(せんこつ)」の名で漢方薬としてよく用いられ止血剤や浄血剤、強壮剤として使われるそうです。 (出典:
「季節の花 300」 http://www.hana300.com
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もう歌詞の面影はなくなっていますが、昔はこの地域はなだらかな丘陵に拡がるのどかな田園風景、所々に雑木林が残り、農家が点在していましたそうです。そんな中を「春の小川」河骨川(こうほねがわ)が流れ、わき水が流れ、渋谷川に流れ込む、わずか3kmの小川だったそうで、川の名前のとおり黄色いコウホネが咲いていたそうです。その川のあった所に立って見ました。この下をその小川が流れる様子をイメージしてはるか昔の自分のふるさとを思い出しました。
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昭和17年(1942年)2月『初等科音楽 一』
春の小川
高野辰之
一、
  春の小川は、さらさら行くよ。
  岸のすみれや、れんげの花に、
  すがたやさしく、色うつくしく
  咲いているねと、ささやきながら。
二、
  春の小川は、さらさら行くよ。
  えびやめだかや、小ぶなのむれに、
  今日も一日ひなたでおよぎ、
  遊べ遊べと、ささやきながら。
この曲は1912(大正元)年、『尋常小学唱歌(四)』に発表されるが、1942年『初等科音楽(一)』では、「さらさら流る」が「さらさらいくよ」に、「ささやくごとく」が「ささやきながら」に変更され、3番の歌詞が削除された。





小学唱歌「春の小川」
高野辰之作詞、岡野貞一作曲で大正元年(1912)に発表されました。

by konmasa1024 | 2009-03-12 10:36 | 童謡のふるさと
2009年 02月 21日
「赤い靴」<童謡のふるさと>
童謡『赤い靴』(あかいくつ)は、1922年(大正11年)野口雨情作詞・本居長世作曲で発表された童謡です。
そして、1979年、横浜山下公園に『赤い靴はいてた女の子の像』が作られました。これは純粋に雨情の詩のイメージをモチーフにしたものだそうです。

赤い靴(くつ) はいてた 女の子
異人(いじん)さんに つれられて 行っちゃった
横浜の 埠頭(はとば)から 船に乗って
異人さんに つれられて 行っちゃった
今では 青い目に なっちゃって
異人さんの お国に いるんだろう
赤い靴 見るたび 考える
異人さんに 逢(あ)うたび 考える


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海岸に沿って長く伸びる芝生の一角に・・・。
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像は2番の歌詞にあるように、異人さんの国を望む海に向かって立っている。
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この野口雨情の「赤い靴」の歌詞にある女の子の名前は「きみちゃん」。
「きみちゃん」は赤ちゃんの時、いろいろな事情により、アメリカ人の宣教師の養女にだされます。母 かよさんはきみちゃんがアメリカに渡って幸せに暮らしていると信じて雨情にこのことを話し、この詩が生まれました。
しかし、きみちゃんは病気のためにアメリカに行けませんでした。明治44年9月、当時麻布永坂町、今の十番稲荷神社のあるところにあった孤児院で、ひとり寂しく亡くなったのです。まだ、9歳でした。

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この像のあるところは十番稲荷神社から歩いて5分ほど、「十番、パティオ」の入り口にあります。
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悲しく、寂しい話でありますが、どうしても養女にやらざるをえない当時の貧しい生活、それを悔いる母、幸せになっていることを願う母の気持が伝わるようです。



<文中コメントは麻布十番商店街新興組合パンフ、音楽はyoutubeより>

by konmasa1024 | 2009-02-21 11:12 | 童謡のふるさと
2009年 01月 15日
「たき火」<童謡のふるさと>
寒い北風が吹く今頃になると、ふと口ずさみたくなる歌、「♪垣根の垣根の曲がり角・・・♪」で始まるあの歌はどんな情景の中で作られたのかが知りたくて、歌のふるさとを訪ねることにしました。
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この歌の発祥地は中野区新井にあります。作詞家・巽聖歌(たつみせいか) は、昭和のはじめ現在の上高田辺りに住み、この近くをよく散歩してたそうですが、「たき火」のうたは、その散歩中に沸いてきた詩と言われてます。
お聞きになりたい方はこちらへhttp://jp.youtube.com/watch?v=G17oaWkKcqk&NR=1
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欅の大木が点々と、長い垣根がずっ~と続く。通り抜ける風が木々を揺らし、サワサワと枯れた音を発している。
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毎年北風が吹く頃になると、この家の庭で、山のような落ち葉を集めてたき火をしているところを、作詞家・巽氏は「あったかそうだな~」なんて思いながら通りすぎていたのでしょうね。
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歌の2番に登場するサザンカと思われる生垣、何故か花がついていないのです。
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現在昔の様子を垣間見る事が出来る一軒は、元名主Sさん宅です。
そのSさん宅の母屋
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長く続く垣根の間に発祥の地であることを示すタテ看板が・・・。
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巽聖歌/本名 野村七蔵(1905-1973)
  岩手県生まれ。雑誌「赤い鳥」に投稿し、北原白秋に賞賛されて師事。1941年に「たき火」を作詞、最初NHKラジオで紹介されますが、日本は戦争に入り、たき火は敵国の標的になる~などの理由で放送中止。1949年に再びNHKのうた番組や教科書にとりあげられ、今日まで歌いつがれています。


中野区上高田 童謡「たき火」発祥の地

交通:西武新宿線「新井薬師前」駅下車徒歩10分
* Sさんが現在もお住まいになっておられるお屋敷
   訪れられる時はご配慮をお願いします。

<文中コメントは「新宿・中野ネットタウンHP、中野区商連HPより>

by konmasa1024 | 2009-01-15 20:24 | 童謡のふるさと