2018年 09月 17日
世田谷、旧山田家住宅<歴史的建造史跡>
旧山田家住宅は昭和12年(1937)頃に建設されました。寄棟造りの建物で、褐色のフランス瓦で葺いた屋根をもつ洋館です。建築主は楢崎定吉と言う人で、アメリカで事業を成功させた実業家だと言う他はあまり語られておらず、建設の経緯がよくわかりませんが、楢崎定吉の子供を成城学園に通わせたいと言う思いからこの成城の地に自宅を建てたと言われているようです。
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その後、1962年(昭和36年)に日本画の画家で「南画院」の代表として活躍した山田劉生(雅号、耕雨)が購入して住まいとしていたそうです。

        門からアプローチを経て玄関ポーチに至る
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さて、この建物を語る前に、少し成城の町を知っておきましょう。
最寄り駅である小田急線「成城学園前駅」を下りて成城学園方向に向かって気づくことですが、街並みが碁盤の目のように綺麗に区画整理が行き届いています。そして四つ角の四隅が切り取られた状態にあるため、どちら方向から来ても四つ辻が見通しの良いことを感じます。
この地は、電鉄系でもなく大手不動産デベロッパーでもない成城学園が学園都市を目指して自ら開発した住宅街だそうです。そして、施主である楢崎定吉は息子を成城学園に通わせたくて土地を購入しこの建物を建てたたと伝えられる。

        玄関を入ると、右に客室、左に広間に次いで食堂、その奥に居間と続く。
        この写真は食堂。2階への階段もこちらから。
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        居間

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        居間の南側に庭に面してサンルーム(建てた当時は半外部のベランダでしたが
        後に窓ガラスをたて込み室内にしたようです。)

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              階段脇のステンドグラス
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居室はほぼ洋室で、寄木張りの床

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この住宅の特徴は、核溶質や廊下はそれぞれ模様を変えた寄木造と凝った仕様にしている点や、窓は統一した意匠の上げ下げ窓を多用している点があげられる。このほかランドリーシュートを設ける工夫など、施主の生活文化に対する意識が反映されており、当時成城に住んでいた人の生活の様子が伺える。


         1階、2階とも中廊下を配し機能ごとに部屋が細かく分けられています。
         これは2階部の中廊下

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          この建物で唯一の書院造風の日本間。

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        外観の洋風を維持する関係から外壁から一歩引いて作られています。
        右外壁側、左日本間
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この旧山田家住宅は国分寺崖線上にあり多摩川の河岸段丘で緑や湧き水などの豊かな自然が残されています。そして、この建物の後ろは奥深い森が広がり「みつ池」と呼ばれる湧き水がありホタルの自生地として知られています。
アトリエとして使用されていたのは十分理解できます。

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旧山田家住宅<歴史的建造史跡>
住 所:東京都世田谷区成城4-20-25
T E L : 03-5432-2726 世田谷区教育委員会事務局
        生涯学習・地域学校連携課文化財係
交 通:小田急線「成城学園前」駅西口より徒歩7分
休館日:毎週月曜日・年末年始









<記中コメントは当時配布パンフレット及び当日の解説者より>















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# by konmasa1024 | 2018-09-17 22:10 | 歴史的建造史跡