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2008年 09月 17日
甘草屋敷(旧高野家住宅)<歴史的建造史跡>
高野家は、江戸時代に薬用植物である甘草の栽培をして幕府に納めていた家で、古くから「甘草屋敷」と呼ばれてきれてきました。高野家の沿革がわかる貴重な資料「甲州甘草文書(県指定文化財)によると、八代将軍徳川吉宗治世の享保5年(1720)、幕府の採薬使丹羽正伯が高野家屋敷内にあった甘草を見分した結果、幕府御用としてその栽培と管理が申し渡されるとともに、一反十九歩の甘草園は年貢諸役を免除され、以後同家が栽培する甘草は、幕府官営の薬園で栽培するための補給源として、また薬種として幕府への上納を負うこととなりました。

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住宅は19世紀初頭の建築と考えられ、桁行十三間半(24.8m)、梁間六間(10.9m)あり、屋根は大棟を東西に通した切妻造、茅葺型銅板葺で、南面中央部に2段の突き上げ屋根を設けた大型民家です。屋根を支える柱は高く棟まで通る棟持柱で、これに梁を重ねて渡した間に見せ貫を通し漆喰塗とした妻璧の構造は、優れた美観を呈しています。この棟持柱は、同じく茅葺切妻造民家である「大和棟」や「合掌造」にはみられない、甲州地方の特色を遺憾なく発揮したものです。
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昭和35年の修理で、保存のため茅葺から銅板葺に改められています。平成8年7月には、旧高野家住宅の附属屋五棟(巽蔵・馬屋・東門・文庫蔵・小屋)が、当家の幕末から明治初頭にかけての屋敷構えを今日に伝えるものとして、附(つけたり)指定の三棟(地実棚・裏門・座敷門)および宅地(井戸・池・石橋・石垣を含む4,932.07m2)とともに、重要文化財の追加指定を受けました。
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2階部分は養蚕に使用されたようで、薄暗い部屋の中で作業する当時の生活が想像できます。
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ところで、甘草とは?ご存知ですか。
甘草は甘味料や調味用として繁用される一方、薬用としても広く用いられ、重要な生薬でもあります。甘草には、Glycyrrhza uralensis(ウラルカンゾウ 生薬名・東北甘草)、G.glabra(西北甘草)、G.inflata(新疆甘草)などがあり、日本では年間約10,000トンが中国・旧ソ連・アフガニスタンなどから輪人されています。このうち食品の甘味料などに3分の2が使われ、残り3分の1が薬用にされますが、成分は根およぴストロン(根茎)に含まれるグリチルリチンです。食品としては、醤油・味噌・せんべい・チョコレート・塩辛など、多種多様の品目に使われています。薬用では主に漢方薬の原料として、厚生省指定漢方処方210品目中150処方(71%)に配合され、最も多用されている原料です。
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ここはJR中央線「塩山駅」北口の真ん前。
この地の歴史は古く1千余年前平安中期以来の歴史が記録されており、峡東地方の政治・経済・産業・商工業・交通・教育・文化の中心地として栄え発展し、「甲州の鎌倉」と称されるほど史跡、文化財、名勝に恵まれている。
この甘草屋敷の前に立つと、今から300年も前の風景がイメージさせられる。
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甘草屋敷(旧高野家住宅)
所在地 :甲州市塩山上於曽1651番地 0553-33-5910
開館時間 :午前9時から午後4時30分まで
休館日 : 火曜日(祝祭日にあたる場合は、その翌日、年末年始(12月28日~1月4日)
交通機関 : JR中央線塩山駅北口から徒歩1分
入館料: 一般個人 300円



<文中の解説は甲州市HP解説による。>

by konmasa1024 | 2008-09-17 10:09 | 歴史的建造史跡


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