2006年 11月 16日
浅草酉の市(文化・風物詩)
酉の市は、11月の酉の日(十二支)を祭日として、浅草の酉の寺(鷲在山長國寺)や各地の鷲神社、大鳥神社で行われる、開運招福・商売繁盛を願う祭りで、江戸時代から続く代表的な年中行事です。酉の日の祭日が12日おきに巡ってくるため、祭りが2回の年と3回の年があり、現在でも「三の酉」まである年は、火事が多いといわれています。
酉の市の始まりは、江戸近郊に位置する花又村(現在の足立区花畑にある大鷲神社)であるといわれ、祭りの形態も、当初は近在の農民が鎮守である「鷲大明神」に感謝した収穫祭であったと伝えられています。花又村を『本の酉』、千住にある「勝専寺(赤門寺)」を『中の酉』、長國寺が別当をつとめていた、浅草の鷲大明神を『新の酉』と称し、この3ヵ所の酉の市が有名でした。
e0101172_21274092.jpg

なかでも、ここ浅草長國寺の『新の酉』は、東隣に新吉原をひかえていたこともあり、鷲妙見大菩薩(鷲大明神)が長國寺に迎え移され祀られた明和8年(1771年)頃から一躍最も高名な酉の町として知られるようになり、今日に至っています。お寺と神社が隣り合わせになっているのもうなずけます。
酉の寺「長國寺」
e0101172_21275218.jpg

市での代表的な名物は、縁起熊手です。
金銀財宝を詰め込んだ熊手で、運を「かっ込む」、福を「はき込む」といって開運招福・商売繁盛を願った、江戸っ子らしい洒落の利いた縁起物です。
翌年の更なる招福を願って、熊手守りは年々大きな熊手に換えてゆくのが良いとされます。一方、浅草酉の寺では、江戸時代から開運招福のお守りとして、たわわに実る稲穂を付けた、小さな竹の熊手「かっこめ熊手守り」を授与していました。このお守りは、今も市の日に限り、酉の寺や各々の神社から授与されています。
境内、所狭しと縁起熊手の露天が並ぶ。
e0101172_21492527.jpg

熊手飾りにはその年の話題が登場
e0101172_21565327.jpg

お買い上げには威勢の良い手締めが
e0101172_2151109.jpg

そのほかにも、江戸時代には唐の芋を「頭の芋(かしらのいも)」と名付け、食べて人の頭になるように、粟餅を「黄金餅(こがねもち)」と称して、黄金持ちになるようにと、あちこちで売られ、大変な人気があったようです。 現在の浅草酉の市では、頭の芋を商う店は一軒だけになり、黄金餅(粟餅)は見当たりません。
頭の芋を売る露店
e0101172_2154521.jpg

                        (文・浅草酉の市公式HPより抜粋)

by konmasa1024 | 2006-11-16 21:15 | 文化・風物詩


<< 大雄山最乗寺(歴史的建造史跡)      箱根湯本 早雲寺(歴史的建造史跡) >>