人気ブログランキング |
2017年 11月 18日
慶應義塾演説館<歴史的建造史跡>
安政5年(1858年)福澤諭吉は築地・鉄砲洲の中津藩中屋敷内に蘭学塾を開設。明治維新後に洋学・特に英語を学習する生徒が殺到し、校舎の増築がままならなかった築地から明治4年(1871年)三田にある島原藩中屋敷跡の現在地に移転。明治45年(1912年)創立50周年を記念して慶應義塾図書館が竣工。

      写真は東門(旧正門)より旧図書館(国・重要文化財指定)を望む
e0101172_20552236.jpg
     三田キャンパスの中でも少し小高くなった場所にあるのが演説館。
     福沢諭吉によって建設されたわが国最初の演説会堂です。
     キャンパスのある三田山は戦時中に空襲で甚大な被害を受けたが
     演説館は破損を免れている。
     開館した明治8年(1875)5月1日には今の塾監局が建っている
     北端のあたりにあったが、大正13年(1924)に現在のところに移築された。

e0101172_21002080.jpg

     なまこ壁の壁面には上下に開閉する洋風のガラス窓がつく。
     玄関の屋根は和風の切妻造で瓦が乗る。幕末~明治初頭に流行した和洋折衷様式、
     いわゆる擬洋風(ぎようふう)建築です。
     構えは木造かわらぶき、なまこ壁で、日本独特の手法が用いられ、
     明治初期の洋風建築としてはきわめて珍しい遺構とされている。
     規模は床面積191㎡余、一部が2階造りになっていて、延面積は280㎡余になる。


e0101172_19080712.jpg


      内部は一部左右に2階席があるシンプルな講堂。白い壁に木彫の椅子席が
      落ち着く。
e0101172_19245979.jpg
       壇上のバックの壁は声が響きやすいように曲面を描いている。
       壇上の福沢諭吉の肖像画、一万円札でお馴染みだが、
       身体全体が収まると堂々としている。
       ”Speech”を”演説”と訳したのが福沢諭吉であることを初めて知った。

e0101172_19255244.jpg

    演壇にも座席の背もたれにも慶應のシンボルマークのペンマークが・・・、
    「ペンには剣に勝る力あり」を表す。

e0101172_19360008.jpg
e0101172_19354049.jpg
 



e0101172_19465673.jpg





今で言う講演会が開かれた会堂、江戸時代から明治維新へ、世の中が大きく変化するなかで建物のデザインは和洋折衷、学問の分野であれ社会の仕組みであれ試行錯誤しながらの和洋折衷。そんな中にあって将来を見据えた福沢諭吉の高い志を感じ取れた演説館見学のひと時でした。








慶應義塾演説館<歴史的建造史跡>

住 所:〒108-8345 東京都港区三田2-15-45 慶應義塾三田キャンパス内
問い合わせ:03-5427-1621 慶應義塾大学アート・センター
交 通:JR山手線田町駅、地下鉄都営線三田駅より徒歩7~8分
公 開:内部公開は不定期 事前に問い合わせをお勧めします。







<記中のコメントは当日配布のパンフレット及び現地告示看板及びHatena Blog「墳丘からの眺め」より抜粋させていただきました。>












by konmasa1024 | 2017-11-18 20:55 | 歴史的建造史跡


<< 西洋館(菊池寛実記念 智美術館内)      旧李王家東京邸<歴史的建造史跡> >>