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2017年 11月 17日
旧李王家東京邸<歴史的建造史跡>
<未完成> 現在コメント調整中、もうしばらくお待ちください。





元は紀伊徳川家のお屋敷があった場所である東京ガーデンテラス紀尾井町の中に佇む
このレトロな館は英国チューダー・ゴシック様式の洋館「旧李王家東京邸」。

正面玄関に向かって
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      車寄せ
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玄関ポーチよりエントランスルーム
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この建物は、旧宮内省内匠寮の公務長・北村耕造や技士・権藤要吉らの設計により1930年に造られました。2011年には、東京都指定有形文化財にも指定されています。 赤坂プリンスホテルの旧館として長年、親しまれていたこの建物がリノベーションされて、レストラン・結婚式会場「赤坂プリンス クラシックハウス」として装いを新たに開業しています。

     2階への階段
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李王家とは

李王家の当主李垠(り ぎん/イ ウン)は、大韓帝国最後の皇帝・高宗(こうそう)の第七男子として1897(明治30)年10月20日に誕生。1907(明治40)年7月に大韓帝国の皇太子になるも、朝鮮半島一帯の統治を検討していた日本政府の招きにより同年12月、日本に留学。 伊藤博文らの扶養を受けることになりました。李垠は、1910(明治43)年の日韓併合により身分は王世子、 日本の皇族に準ずる王族との待遇となり、敬称は「殿下」。妻の李方子(り・まさこ/イ・バンジャ)は1901(明治34)年11月4日に、梨本宮守正王と伊都子妃の第一女子として生まれました。昭和天皇のお妃候補の一人でもあった方子は、学習院女子中等科 在学中の15歳の時に、梨本宮家の大磯別邸滞在中、何気なく手に した新聞記事で、自らの婚約を知りショックを受けたといいます。李垠と、方子の結婚は日韓併合後の「内鮮一体」(日本人も朝鮮人も、全て日本国民)を目的とする政略結婚でした。
終戦後の1947年(昭和22年)11宮家51名は、GHQの指令により皇室財産が国庫に帰属させられたため、経済的に従来の規模の皇室を維持できなくなったことから皇室離脱することになりました。
李王家もこの時に皇室離脱、同時に無国籍の在日韓国人となった。そして課せられた巨額の財産税のために邸宅を手放すしかありませんでした。
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        階段踊り場にあるステンドグラス
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館内至る所に飾り物が施され、

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既存部:鉄筋コンクリート造(一部木造)、2階建て塔屋付
増築部(バンケット):鉄骨鉄筋コンクリート造(一部鉄骨造)、2階建て
現在はレストラン、カフェバー

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無国籍になって以降すぐに大韓民国の国籍復帰を願い出ますが叶わず、一時日本国籍を得ますが、1962(昭和37)年12月15日、韓国政府から李垠・李方子夫妻に大韓民国国籍の回復が告示されました。そして、1963(昭和38)年11月22日に帰国した李垠・李方子夫妻を沿道で大歓迎で出迎えます。しかし念願がかなって帰国した李垠は、脳血栓と脳軟化症で意識はなく、7年後の1970(昭和45)年5月1日、72歳で亡くなりました。

一方、韓国に帰化した李方子は、李垠の死後も韓国にとどまり、当時韓国ではまだ進んでいなかった障害児教育に取り組んだり韓国にいる日本人妻達の集まりを作るなどして精力的に活動します。

知的障害児施設『明暉園(めいきえん/ミョンヒウォン)』等の施設を設立していますが、「明暉」は、李垠の雅号。

彼等の結婚は「内鮮一体(日本人も朝鮮人も、全て日本国民)」との政略結婚でしたが、李方子は夫・李垠の国の人間となりきろうと帰化をして生涯、夫に添い遂げました。時代の荒波に飲み込まれ、翻弄された」という月並みな形容が陳腐に思えるほどの李垠と李方子の生涯でした。













旧李王家東京邸<歴史的建造史跡>
住 所:東京都千代田区紀尾井町1番2号
現名称:赤坂プリンスクラシックハウス
交 通:地下鉄東京メトロ赤坂駅徒歩3分

公式サイト:https://akasakaprince.com/

















<記中コメントは当日の配布パンフ及びHP「あぷりのお茶会」より一部転載させていただいております。












by konmasa1024 | 2017-11-17 20:59 | 歴史的建造史跡


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