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2017年 02月 10日
黒澤ビル(旧小川眼科病院)<歴史的建造物>
この黒澤ビルは昭和4年(1929)眼科の医者であった小川剣三郎氏が建てたものです。ビルの名前に黒澤とあるのは、このビルが竣工してから4年にして脳溢血で急逝した小川剣三郎の後を継いだ黒澤潤三氏が医院長となり、維持してきたことによります。

            場所は上野不忍池より歩いて1分
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           現在も歯科医院が入居しており、この正面入り口からの出入りがあります。
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このビルの特徴は当時としては斬新なビル前面のデザインですが、それにもまして内部に設置された多くのステンドグラスではないかと思います。このステンドグラスは剣三郎氏の実兄に当たる小川三知氏からこのビルの新築に際し贈られたもの。

小川三知氏は慶応3年(1867)静岡市で医師として活躍していた小川清斎氏の次男として生まれました。早逝した兄の代わりに家督を継ぐため医師を目指して一高に進みました。その後東京芸術学校の開校に合わせて転向、絵画の道に進みます。
アメリカにわたり西洋画を学び、やがてガラス会社を渡り歩きながらステンドグラスの制作技術を学びます。そして明治44年ステンドグラスの材料を携えて帰朝する。自ら田端に工房「小川スツヂオ」と住居を構え、本格的にステンドグラス製作にはげみ、大正時代のステンドグラス界をリードした人。

正面玄関外側の扉のランマに挟まっているステンドグラスー鶏銘告暁ー

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           玄関を入ってすぐ左に応接室があり、部屋の中には多くのステンドグラスがはめられています。
           下の写真の天井の電気傘は六角形で各辺に草と動物や鳥を配置している。
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       さらに電気傘の下には中央部にカットされた半球形の硝子を接着しその周りに裸婦と草、
       そして十字のカットがちりばめられています。
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           小川三知氏が習得したステンドグラス製作に必要な数々の技法がふんだんに使われた作品を
           見ることが出来ます。
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小川三知氏は昭和3年に死去しているので、昭和4年に竣工したこの建物は建設途中であっただろうと思います。自分に代って家督を継いでくれた弟のためにどうしても完成させたい物件だったに違いありません。そしてデザインも自らの集大成と考えていたことでしょう。その意味で、大変思いのこもったステンドグラスだったと思います。


この建物は登録有形文化財に指定されており、月に一度のペースで公開されています。
建物は現在も現役ビルとして使われており、各部屋には入ることはできませんが、玄関、ロビー、応接室、階段回り、屋上など解説員が丁寧に説明してご案内いただけます。建物を見ると言うよりは全体として昭和レトロを感じるには十分ですが、肝心のステンドグラスを通過する光が不足しているのか、少し暗く陰気に見えるところが残念。これが自然で、建設当時のままが良いと言えるかもしれませんが・・・。
                                          



黒澤ビル(旧小川眼科病院)

住 所 :〒110-0005 台東区上野東京都台東区上野2-11-6
問い合わせ先: 有限会社黒沢ビル管理(TEL)03-3835-1011

交 通 :地下鉄 千代田線湯島駅 徒歩2分、地下鉄 銀座線 上野広小路駅 徒歩4分
公式HP :http://www.kurosawa-bldg.com/index.html




<記中のコメントは公式ホームページによる>
















    by konmasa1024 | 2017-02-10 11:55 | 歴史的建造史跡


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