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2014年 03月 31日
旧伊藤博文金沢別邸<歴史的建造史跡>
旧伊藤博文金沢別邸は、初代内閣総理大臣を務めた伊藤博文氏により、明治31年(1898)に建てられた茅葺き寄棟屋根の田舎風海浜別荘建築です。
明治期、この金沢近辺は東京近郊の海浜別荘地として、その後大磯、葉山などの湘南地方に別荘地が移るまで栄えていたそうです。

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伊藤博文は天保12年(1841)山口県(周防国)の百姓林十蔵・琴子夫妻の長男として生まれました。12歳の時、父十蔵が萩藩の中間伊藤直右衛門の養子となり以降伊藤姓を名乗るようになります。
安政4年(1857)に松下村塾に入り吉田松陰に学び、桂小五郎や高杉晋作、井上馨や山縣有朋らと倒幕運動に奔走します。維新後は、政府の近代化政策の中心的役割を担い、明治18年(1885)初代総理大臣に就任します。そして、明治42年(1909 )中国黒龍江省のハルピン駅で68歳の生涯を閉じました。この別邸が建てられたのは博文が57歳頃と言いますから、さぞかし油の乗り切った頃ではないでしょうか。

海側より見た右、客室、左手前が居間
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               玄関より客室に通じる廊下に沿って作られた中庭
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[格式の高い客室]
博文公存命の時から、天皇、皇太子をはじめ、皇族の来邸があり、この客間棟で過ごしたと思われます。
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この客間から見る眼前の海、誠に心地よい空間です。
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金沢・野島に建築された別邸は、伊藤博文が風光明媚な金沢の地を好んで建てたといわれ、大正天皇や韓国皇太子なども訪れました。
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日常の生活をする棟です。多忙な博文公にとって安らぎの場所が金沢別邸だったのでしょうか。
書斎から見る

書斎の障子を開けると、そこから海が望める
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中庭を先ほどの反対側より、左、湯殿、右は客間に面した廊下
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  湯殿、湯船が二つあるようです。
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               書斎・寝室
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明治時代の成功者が好んで建てたと思われる洋館でなく、純和風の建物に何か伊藤博文の心が
現れているように思えてならない。
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訪問したのは3月も終わる31日でした。寒かった冬が開けて、太陽の暖かさと光が春らしいのどかな日です。お札でお目にかかる伊藤博文さんですが、明治の偉い方という程度で、その生い立ちや業績をほとんど知りませんでした。この旧邸の解説によりお札の表紙を飾る、その訳を知ることができました。この宮廷の客間の畳の上に寝そべってみると、伊藤博文もいつかこのように寝そべることもあったのではないかと、同じ風を味わい、同じ波の音を聞いた。これが歴史的な建造物を見聞する醍醐味というものでしょうか。






旧伊藤博文金沢別邸

住 所:横浜市金沢区野島町24 野島公園内
連 絡:旧伊藤博文金沢別邸 TEL 045-788-1919
交 通:金沢シーサイドライン「野島公園」駅徒歩5分
休館日:毎月第1・第3月曜日(休日の場合は翌日)
    年末年始(12月29日~1月3日)
開館時間:午前9時30分~午後4時30分(※7月・8月は9:30~17:30)







<記中コメントは横浜市緑の協会公式HP及び配布パンフレットより>

by konmasa1024 | 2014-03-31 16:13 | 歴史的建造史跡


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