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2014年 01月 13日
横浜山手 ブラフ18番館<歴史的建造史跡>
ブラフ18番館は大正末期に起こった関東大震災後に建てられたことは確かなようですが、誰の設計により、いつ建てられたものか明確に説明できるものが残されていない。
先ずは、館の名前の由来から説明がいります。
館は当初山手町45番地に建てられた。山手が外国人居留地だった頃、この館の建つ高台は「Bluff(ブラフ)=切り立った岬」と呼ばれていた。現在の地に移されたのは平成になってから横浜市の管理下に置かれてからのことです。その新しい地名が「山手居留地18番」だったことに由来している。

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震災前の1921(大正10)年3月10日から、震災翌年の1924(大正13)年12月まで、この館は貿易商のバウデンが所有していた。つまり、震災以前、山手町45番地に館を持っていたバウデンが、震災後同じ場所に再び館を建てさせたということらしい。
調査によると、震災により山手の洋館が壊滅状態だった中、この建物は倒壊や火災を逃れた部材を転用して再建されたものだと判明した。

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サンルームは高台の端に面しているので、空がとても広く見える。
重厚で威厳のある洋館が多い中、絵本の中に出てきそうなこの建物は親しみ深く、どこか懐かしい。
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この館は同じ山手地区ではありますが、後に移築されているので、窓越しの風景も当時とは異なっていると思われるが、今ここからも遥か横浜の港が垣間見れる。
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ブラフ18番館の暖炉は木製で彫刻が施されたもの。
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この館を作らせたバウデンは、オーストラリアのシドニー生まれ。横浜貿易業界の重鎮であり、外国人社交界の中心人物だった。災後に再建されたこの建物で、パーティが何度も開かれたことだろう。


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真っ白な壁と天井に窓枠やドアのミントグリーンが優しい印象だ。
旧玄関や廊下も含め、あらゆる場所に窓がある。気候のよい時期には、窓を開ければ館の中を風が吹き抜ける。

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スパニッシュスタイルの外観には派手な装飾はないが、
窓の下に花の鉢植えをあしらったり、
可愛さの演出が素晴らしい。
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                               各部屋には部屋に合わせたシャンデリア。
                                どれも豪華というより可愛さを表現する。e0101172_21124137.jpg


フランス瓦や暖炉の煙突、ベイウィンドウ、上げ下げ窓と鎧戸、南側のバルコニーとサンルームといった部分に震災前の外国人住宅の特徴を残している。

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バウデンが館を手放した1925年以降は何人かの所有者の手に渡り、第二次世界大戦後の1947年には山手本通りの天主公教横浜地区(現カトリック横浜司教区)の所有となり、教会の司祭館として使われてきた。

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JR根岸線「石川町駅」南口から徒歩5分、急な坂道を登っていくと右に折れる急な階段、それはブラフ18番館の裏口に出る。階段の斜面には、冬ならではの水仙の花が南斜面の暖かさに答えて咲き始めていました。外観は白い壁に緑の鮮やかなフチ取りの窓と内部の淡い緑の窓、重厚な威厳を漂わせる洋館とは違って、なんともあた髪を感じるメルヘンチックな小さな洋館。移築されたために、元のそのままの風景は望めないですが、素敵な佇まいです。横浜家具で再現された当時のテーブルや椅子、各部屋に施された可愛いシャンデリアが印象的でした。



ブラフ18番館住所:横所在地:横浜市中区山手町16
TEL:045-662-6318
交 通:JR根岸線「石川町駅」南口を出て左折、次に右折で坂道を約徒歩5分
開館時間:9:30~17:00(7、8月は18:00まで)
休館日:第2水曜日(祝日の場合は翌日) 年末年始(12/29~1/3)
入場料:無料








<記事中のコメントはブラフ18番館公式HP及び館内案内版、「はまれぽ.com」HPによる>

by konmasa1024 | 2014-01-13 20:45 | 歴史的建造史跡


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