2013年 02月 25日
江戸前にぎり寿司は与兵衛鮨<昔味美味珍品>
「にぎり寿司」は江戸時代にすし商、華屋与兵衛が考案しました。江戸前、すなわち東京湾でとれる魚介・のりを使うことから「江戸前寿司」とも呼ばれそのおいしさ、その簡便さが江戸中の評判になっていきました。そして1923年の関東大震災により、被災した東京のすし職人達が故郷に帰り、にぎり寿司は日本全国に拡がっていったのです。


にぎり寿司を考案した「華屋」与兵衛が店を営んでいた両国には記念プレートが立っています。e0101172_1638924.jpge0101172_16382987.jpg


その記念プレートによれば、『江戸握り鮨発祥といわれる与兵衛鮨は文政の初めに, 初代・小泉与兵衛(1799 ~1858)により大成されました。小泉与兵衛は, 大阪風の押し鮨にあきたらず, これを江戸風に鮮度を保ち, 手早く造る方法を工夫しました。始めは, 毎日岡持に鮨を入れて売り歩きましたが, 評判を呼ぶようになり, 屋台を出し, 後には店舗を開くほどになり, 殺到する注文に追いつけない繁盛ぶりだったと伝えられます。また, 食通の武士の注文に応じて与兵衛が創案した「おぼろの鮨」も大変な人気となりました。屋台で山本のお茶を出したことも人気に拍車をかけました。その後、 昭和5年に惜しくも廃業しました。』とあります。


           与兵衛鮨を再現した「政五寿し」さん
           「政五寿し」さんは、与兵衛鮨とは関係が無いものの当時の味を
           再現することにチャレンジ。
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にぎり寿司はその後も全国に広がって行きましたが、与兵衛鮨は「華屋」がなくなってしまったことから継承されず、途絶えていました。    
東京都墨田区の地域活性化のために立ち上げた「すみだ地域ブランド推進協議会」のプロジェクトに参加し、再現させた与兵衛鮨を提供するのが「政五寿し」さんです。

鮪の漬、春子、小鰭、海老、煮蛤、穴子、玉子焼、干瓢巻
(この写真に肝心の鮪寿しが乗っていないのは、あまりに美味しそうで、シャッターを切る前に無心で食べてしまったからです。ゴメンナサイ)
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酒粕から作った赤酢をこのメニューのシャリだけに使うなどこだわりのお寿司です。シャリが少し赤みがかっているのもこの赤酢のためと言う。
再現にあたっては、古くから寿しに使う酢を提供する(株)ミツカンが提供してくれた与兵衛鮨のレシピのような資料が役立っていると「政五寿し」のご主人談。



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大都会のビル群を流れる隅田川、その昔この両国橋のあたりでにぎり鮨が考案され、人々が美味しそうに食べていた。今、政五寿しさんのカウンターでいただく与兵衛鮨を噛み締めながら当時を思っています。
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なお、最近「華屋与兵衛」という レストランチェーンが繁盛しているようだが, 元祖・与兵衛鮨の名前を借りただけで 直接の関係はないらしい。







与兵衛鮨
再現した与兵衛鮨を提供している「政五寿し」
住 所:〒130-0026 東京都墨田区両国4-27-3
電 話:03-3632-0011 FAX:03-3632-0070
営業時間:11:30~14:00 17:00~22:00
定休日:土曜日







<記中コメントは「すみだ地域ブランド推進協議会HP、墨田教育委員会掲示板による>

by konmasa1024 | 2013-02-25 09:57 | 昔味美味珍品


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