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2012年 05月 05日
相模国府祭<文化・風物詩>
毎年5月5日、相模国の一宮、寒川(さむかわ)神社、二宮、川勾(かわわ)神社、三宮、比々多(ひびた)神社、四宮、前鳥(さきとり)神社と五宮、平塚八幡宮の神輿が総社(そうしゃ)である六所(ろくしょ)神社の神領地であった大磯町国府本郷の神揃山(かみそりやま)に集合するところから祭りが始まる。全国的にもめづらしい貴重な祭りとして知られ、神奈川県の無形文化財に指定されている。



下の写真は五つの神社の神輿(テントの中)がそろい、座問答が行われる神揃山の当日の模様。
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相模国府祭(こうのまち)は、むかし相模国(さがみのくに)の国府庁(今の県庁)が置かれた国府本郷(現大磯町国府)の神揃山(かみそろいやま)でのお祭りと、それから程近い大矢場(おおやば)で行う国司祭の二つを言う。国府祭は、国府をコウ、祭をマチと読み「ノ」の助詞をつけて「コウノマチ」と読むのが正しく、11世紀には既に成立していたと考えられている。

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座問答
 大化の改新以前は今の大磯町より東に「相武(さがむ)」、西に「磯長(しなが)」という国があり、その二つの国を合併して相模国が成立したと言われています。祭りの中心である「座問答」は相武の最も大きな神社の寒川神社と磯長の最も大きな神社の川勾神社が両国の合併にあたり席次を争い、三宮に当たる比々多神社が「決着は翌年に」と仲裁を入れて収めたと言う象徴劇のような神事が行われる。その神事は忌竹で四方を固めた場所で、神を憑依させた一宮・寒川神社と二宮・川勾神社の神主が交互に三回ずつ、虎の皮を祭壇に無言で近づけることにより闘争(上座を占めようとする意思)を表現し、三之宮・比々多神社の神主が「いずれ明年まで」と仲裁の声を上げて神事を終える。


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当日の座問答で使われた虎の皮
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「座問答」が終了すると総社である六所神社へ迎えの使者が送られ、使者を受けた六所神社では「総社宮立」を行い、神輿が「高天原」、現在は「大矢場」と呼ばれる場所へと向かう。六所神社の神輿が「見合いの松」と呼ばれる場所に至ると「宮合の儀」が執り行われ、その後、六所神社の神輿は「大矢場」という広場へ入場する。


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六所神社の神輿は円筒形で頂に剣が立てられているが、『日本の神々 -神社と聖地- 11 関東』[6]では、この神輿は男根の象徴とみてよく、1年を五穀豊穣に導いてくれた神霊を返しに行く表現であろうと述べている。


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一宮から五宮の神輿も「大矢場」へ移動し、七十五膳の山海の幸を献上して六所神社の神輿を迎え入れ「神対面神事」などが行われる。
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六所神社の神輿が入場すると舟形舞台で「鷺の舞」が舞われ、神楽舞奉納が行われる。「鷺の舞」は3種の舞により構成されており、「鷺の舞」が天下泰平、「龍の舞」が五穀豊穣、「獅子の舞」が災厄消除を祈願すると伝えられている。
「鷺の舞」
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「龍の舞」
e0101172_10284322.jpg「獅子の舞」
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神揃山より移動した五社の神輿がそろい「神対面神事」や「鷺の舞」の行われる「大矢場」には、その昔農耕具市が立ち、この市で農具を買うと豊作になると信じられていたが、現在は一般露天が多くなっている。
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「座問答」の行われる神揃山、「詐欺の舞」の行われる大矢場、「総社宮立」を行う六所神社と、行われる神事が分散していることもあって、「国府祭」全体の流れがわかりにくいが、大磯ロングビーチで有名な海のイメージの高い大磯と言う地に相模国の国府があって、このような1,000年も前から伝わるお祭りが残っていることに驚きを感じたのであります。






相模国府祭

交 通:JR大磯駅前よりバス
    13番湘南大磯住宅行き、又は14番二宮駅北口駅行きで東海大学大磯病院前で下車
    神揃山、大矢場、六所神社は歩ける範囲にあります。











<文中コメントはウイキペディア、大磯観光協会公式HPより>

by konmasa1024 | 2012-05-05 09:54 | 文化・風物詩


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