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2011年 10月 30日
国際基督教大学泰山荘<歴史的建造史蹟>
「泰山荘」は、実業家日産財閥の重役職にあった山田敬亮が別荘として東京の裏千家の師匠、亀山草月の監督の下、5年をかけて、数々の歴史的建造物を集めて建設し、昭和14年(1939)に竣工しました。焼失した母屋を除いて、武蔵野の雑木林の中に6施設が現在も残っています。
現在は1950年に国際基督教大学が学舎建設のためこの泰山荘を含む敷地を入手、その文化的価値を守るため保存に勤めている。(1999年国登録有形文化財に指定されています。)

泰山荘の入口にある「表門」
江戸城幸橋御門の古材を転用したと伝えられる高さ5m、幅7.1mの切妻造、茅葺の門
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6つの施設とは、上の「表門」以外に左 「待合」 
備前池田家上屋敷と伝えられる寄棟造、茅葺き、
平屋建ての内部に茶室、次の間、水屋、取次ぎ、
土間、玄関を備えている。
e0101172_10155493.jpg右 「書院」
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左 「蔵」
瓦葺切妻屋根、妻入の蔵で、北妻面に下屋を
差し出して蔵前とする。鉄筋コンクリート造で
土蔵風の外観を作っているが、蔵前部分を
除いて庫室本体部を高床式としている点に特徴がある。  
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右 「車庫」
木造平屋建て、下見板貼、寄棟屋根の建物で、南面に3枚扉を付ける。郊外住宅地における自動車普及の時代状況を物語る。
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そして、最も興味深い 「高風居(こうふうきょ)」
「高風居」は入母屋造、茅葺き、平屋建の建物で、「一畳敷」と呼ばれる畳一枚の小さな書斎と六畳の茶室、三畳の水屋からなります。
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「一畳敷」は幕末に北海道を探検し、北海道の名付け親として知られる松浦武四郎により、各地の由緒ある神社仏閣の古材を集めて明治19年(1886)に神田五軒町の自宅に建てられたと言う。
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史蹟名勝天然記念物保存協会の初代会長でもあった徳川頼倫は昭和初期に代々木の自宅に建てた茅葺草庵風建物「高風居」を建てるにあたり、この「一畳敷」を譲り受けたのです。そして「泰山荘」の建設に伴い昭和11年(1936)頃当地に移築された。

「高風居」に利用された古材の数々
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「高風居」が移築された当時は庭に面した「一畳敷」からは遠く富士山が望めたと言う。
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思えば「泰山荘」にあるこの「高風居」は歴史の鎖でつながれたようなもの、江戸時代以前の歴史的建造物が松浦武四郎の「一畳敷」に生かされ、その「一畳敷」は徳川頼倫の自邸で「高風居」の一部となり、その「高風居」は実業家山田敬亮が別荘「泰山荘」に移築される。1940年ー1950年は中島飛行機会社社長中島知久平が居住。そして現在は国際基督教大学がその構内で保存管理する。まさに過去のすばらしいものに目を開き大切にし、そこから何かを感じ取ろうとする心ねを感じます。




国際基督教大学「泰山荘」
所 在 地 : 三鷹市大沢3-10-2
交  通   : JR中央線武蔵境・三鷹駅より国際基督教大学行きバス乗車終点より徒歩





<記中のコメントは施設内掲示版及び配布「文化財ウイーク」記念ハガキ及びICU公式HPより>

by konmasa1024 | 2011-10-30 10:04 | 歴史的建造史跡


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